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やっぱわかりあうなんて無理なんだよ

愚痴って聞いてていいものではないよね、共感できたり同じように思ってるなら乗れるかもしれないけど関係ない愚痴ほど迷惑なものはない。と僕は思ってるわけです
場合によるけど僕は人の愚痴は何回も聞きたいとは思いません、1、2回くらいだったらむしろ楽しむんですけど。

僕は愚痴というか自分の中でどうしようもない感じの問題にぶち当たったとき、他人に思いをぶつける事が非常に苦手です。
それをしない理由の一つとして相手にとって面倒くさいことをさせたくないという思いがあるからですね、
他人を思いやってるといえば聞こえがいいですけど、結局相手に面倒臭いと思われたくないという自己保身から来てるんだなって気付きました。
あとは愚痴と言っても明確な主題がないのでふわふわした話となり自分も相手も消化不良になってしまいやすそうだからとかです。

こういう風にしばらくは思ってたんですが中にはむしろそういう話を聞いて「自分はこいつの為に何かしてあげてる」と思ってくださる方もいるようだと聞きました。そういう考え方もあるのか。
思い返せば自分もそういうものを聞くときそう思っていたようないないような気がします

それでも一歩踏み出せないのはいつからか身に付いた「失敗しない危険性の低い選択肢を選ぶ習慣」

何か行動を起こすことに非常に億劫になってきているなぁと思うようにやっと最近になって思うようになりました
この習慣のやっかいなところは目について失敗やだめなところがないので(まぁいいか)ですましやすくなっていることです

色々考えても結局動かなければ何の意味もないねぇ、でも動かない
ダメな人間って言うのはやれない人間なんだよ
やれる出来る人間にとっては不思議かもしれないし、やる気だせば解決するとか思うだろう
だいたいの人は↑に当てはまるからそれが普通で多数派なんだから正解見たく思うだろうさ
でもできねーんだよ、出来ないんだよ。出来ればさっさとやってるに決まってるだろ

以下水掛け論が続くので終了


12月かあと1ヶ月で1年が終わり
今年は少しは前に進めたかな


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