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笑い

お笑いブームなんてとっくに過ぎて、お笑い(笑)と呼ばれるような気がしないでもない今日です。

周りを見渡すとよく笑う人って結構いますよね。笑う人がいると場の雰囲気はよくなるし笑わせた相手も気分がいいでしょう。
中には相手を嘲笑するものだったりいじりと称したものであったりもしますが基本的には笑いとはよい刺激です

その笑いについて、未だに人が笑う基準が分からないというか言語化できない部分が多々あります。勿論お笑いというのは可視化出来ないものなので言葉に表せなくて当然なのですがそれでも他人が何を感じて笑うのかというのを理解しようともがいています。
小難しく無駄に考えて見て一つ思ったのは、お笑いの内容よりもまず欲しいのは大衆受け、インパクトが必要なのだなと。
例えば一発屋のお笑い芸人がブームが去った後「あれのどこが面白かったの」という人が大半なのではないでしょうか
周りが面白いと言って笑っている、なら私も笑える。そんな風に無意識に選択をしているのではないのでしょうか

小さいことですけど、常々思うのがツイッターやら配信で取り上げられる笑いの沸点が低いというか、いえ沸点というよりは笑いのポイントが分からないという感じですね。漫才だったりコントだとボケがあり(ここで笑ってくれ)という作り手の思いを理解することは出来ます。(笑えるかは別として)
よくリツイートする人がいますけどそれって本当に必要なリツイートなのと疑問に思うことはあります。それ自体は嫌だとか思ったりしないですしそう思うならとっくにフォロー外しているわけで。
ツイッターにルールとかはないのでいいのですが、そういうリツイートを見てこの人はこれの何を伝えたかったんだろうとかネタとしてもそんなに必要なの?とかどうでもいいことを考えたりしてます。


言いたかったのは下4行くらいのことか。長々と書いといてなんだけど
コミュニティに属していると往々にしてなりやすいけど、その中でのルールだったり雰囲気をそれ以外の人に強要するような感じになったりコミュニティ外でも同じような行動を取ってしまったりすることは、円滑な人間関係を築く障害になっていくよなぁと。
その中だけで生きていくなら問題ないけど、もっと広く受け入れて色々な体験をして生きたいものですね。


そんな行動力がなくても心はそうなれるよう、いずれは行動が伴うように一つづつ進んでいけたら面白いんじゃないかと思いますね
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